14 転校した子

えっと、どこからだ。顧問が部活をボイコットして部員全体で謝らせたとこだ。

 

わたくしが校長に抗議をしたのち、結局何の返事ももらえなかった。

わたしひとりにも、保護者全体にも、説明はなかった。

もちろん、顧問が生徒にも保護者にも謝罪することはなかった。

 

ふと思い出したことがある。

中学に入学するときに、バスケット部に入るなら顧問はあの先生で、あの先生は要注意だよ、と教えてくれた人がいたのだ。

何が要注意だったのか、確かめておこうと連絡をつけましたのよ。

 

・とにかく強烈で、何か気に入らないことがあると生徒を罵り始める。けちょんけちょんに言う。特に強烈なのは個人攻撃。(これは部活のお母さんたちの噂通り)

・A君。授業でこの個人攻撃が始まるのが耐えられない。ターゲットが誰であれ、とても厭な気分になると親御さんに普段から漏らしていた。

・ある日授業中、A君はついにターゲットにされる。こんなこともわからんのかと延々と罵られる。A君は家に帰ると何かわめきながら部屋に閉じこもってしまった。ごはんも食べない。お風呂にも入らない。もちろん学校へも行けない。部屋で暴れる音がする。ご両親はどんなに心配だったことか。このまま自殺してしまうのではないかと不安のどん底に突き落とされることもあったという。

・親御さんは学校にも教育委員会にも相談したが、埒があかない。教師のせいではない、本人の問題だというような展開になったらしい。(これはのちにわたくしが教育委員会に確認したところ、「原因が何かはわからない」とのこと)

・A君県外の私学に転校。住所が変わっていないと市内の他の公立中学へは転校させてもらえない制度なのだ。転校の手続きに入る際に校長が、「本当にいいんですか、もし私学へ行ってそこでもだめだ、ということになっても、もううちの中学には戻れませんからね。大丈夫ですか」と念を押したという。

 

わたしは愕然としたんだよ。もうちょっと気楽に考えてた。

 

何考えてるか訳わからんうちのグソクにだって、いつ起きてもおかしくはない出来事だ。うちの子は大丈夫だし、なんて思う親はきっと自分の子どものことを理解しなさ過ぎだと思う。

たいがいの中学生なんて年頃の人々は、ものごとの善悪を自ら判断するには人生の経験値が圧倒的に低過ぎる。教えられた善悪をなぞるのがせいぜいだ。けれどそろそろ体験のなかから、自らの内に生じる善悪の原型のような何かしらを感じ始めている頃ではある。まあ、自我みたいなやつね。自らに生じるそのもやもやと、外部から押しつけられるぱっきり鮮明な善悪がかみ合わずにいる頃だと思うんだよね。すごく脆い。

見た目は成長して強くなってるかのようだけど、内面はものすごく不安定な時期の筈。だから、何があってもおかしくないとわたしは思っている。

なんで善悪なんかを話にもちだしたかというと、彼らは日常的に「いい」「いけない」をがんがんと指示されていて、そこんとこでもがいてるように見えるからなんだが、それはここの地域だけのことかもしれない。

別に善悪じゃなくてもいい。例えば中学生の自殺についてわたしが考えるのは、彼らにとって生と死の距離感が曖昧なんじゃないか、ということである。いじめがあったのではない、家庭にもこれといった問題はなかった、原因がわからない、けど自殺した中学生、っていうのがわたしが中学生の頃にいくつかあって、中学生のわたしにとっては「死」が必要以上に無闇矢鱈に恐ろしい遥か彼方のできごとだったから、長くそれについて考えていた。いつの時代にもその手の中学生の自殺がある。これだけ歳とって気づいたのは、中学生にとって生と死の距離感が、人生の経験値の圧倒的な低さによって曖昧になっているんじゃないか、ということなのだ。曖昧だったからわたしの場合は、「死」がめちゃくちゃ怖かった。でも逆に「死」が大して遠くもないものだと感じている子にとっては、それまでに「命を大切にしよう。生きよう。死ぬな」と杓子定規に教えられてきたことを、ひょいっと何気なくひっくり返してしまう。そういう危うさが、中学生にはあるように、わたしは思っている。

 

まあとにかくだ。A君に起きたことがらは、いつ誰がそうなっても不思議ではないとわたしは思う。つまりA君が特別なのではなく、教師あるいは学校が特別なのだ。もしくは教育が。社会が。

実際、この教師のせいで不登校になった生徒はほかにも複数いるというのも、あとになってわかりました。ただ教育委員会が言っていたように、また全国のいじめ問題のなかでも頻繁に取り沙汰されるように、何が原因の不登校かを公に示すのは非常に困難、一般的にはほぼ不可能なのが現状ですね。誰かが死んでやっと調査に動き出せたらまだいいほう、というのが現代日本の現状だとはその後知りました。

 

A君のお母様は、もしA君が自殺するようなことになったら包丁持ってその教師を刺しに行く、と真剣に考えたそうです。

 

そのような公立中学に息子は通っています。